いわさき









有楽町駅徒歩3分程、昭和のにおいプンプン漂う食堂「いわさき」さん。ある時、銀座界隈の昭和風情漂う食堂探しをしていた時に出会ったのが今回お邪魔した食堂の「いわさき」さん。調べてみるとその歴史たるや相当なもの、日本初のガード下の店はおそらく定食屋「いわさき」さんではないかとも言われている貴重なお店、現在はガード下では無く、晴海通りとガードが交差する角の日比谷寄りの路地にありますが、元々はガード下、現在の酒場「日の基」さんの場所に大正期、24時間営業のおでん屋として開業されたそうです。その創業者は岩崎善右衛門と言うお方、おでん屋で有りながら一方では社会活動家の肩書きを持つ変わり種、おでん屋で稼いだお金を投じて昭和初期に千葉の中山に岩崎私立養老院という養護施設まで設立したそうです。創業当時ガード下での営業が認められた始めての店舗=日本初のガード下の店舗という訳です。昭和15年に岩崎氏の葬儀がこのガード下で行われたそう、終戦後の昭和22年、2代目が現在の場所に移って日本食屋として再開、そして現在の3代目の食堂に至るとのこと。詳しい資料が確認された訳ではありませんが、凄い歴史を背負ったお店ですね。すぐ近くにはペニンシュラホテル、日比谷シャンテなど立ち並ぶ日比谷のど真ん中、そんな一角に静かに佇む「いわさき」さんは、まず一見さんは入らないであろう昭和風情が私には堪りません。実は2、3回程訪ねましたが振られ続き、今回念願叶いお邪魔する事が出来ました。それにしても入口の間口がすぐ隣の自動販売機の幅より狭いとはびっくり(笑)ウキウキしながら暖簾をくぐれば、店内の雰囲気は昭和そのもの、左手厨房前のカウンターに5席、右手壁際にテーブル4卓ととても小じんまり、昼時にも拘らず先客は1名、入口近くのカウンター席に着きました。営むのはもちろんご夫婦お二人のみ、ご主人が厨房、奥さんがフロア担当のよう、このご主人が3代目なのでしょうか。事前にオーダーは決めているものの一通り拝見、カウンター上に掛かる木札のメニューのかすれ具合がとても良い感じ、私のオーダーしたい物はメニューには載っていませんが意を決して「わかれは出来ますか?」と奥さんに尋ねると「ええ〜大丈夫ですよ!」と微笑みながらご主人に伝えてくれました。奥さんが厨房に戻りながらご主人に「懐かしい事を言う客さんだね!」と呟いているのが聞こえます。やはりそうでした。「わかれ」とはカツ丼の具とご飯が別々に提供されるメニュー、俗に言う「頭ライス」でしょうか。昔はお得意さんの間で名物裏メニューとして人気だったそう、そんなお客さん達も歳をとって今では「わかれ」を頼む人も本当に少なくなったそうです。「はい、お待ちどうさまです」と出された「わかれ」は見るからに濃厚で味が濃そう、衣に隠れた肉は薄っぺら、それがまた昭和のカツのようで何とも良い感じです。一口頂くと思った通りの味の濃さ、と言うよりしょっぱくてご飯が進みますね(笑)そして想像以上に素晴らしいのがご飯の美味しさ、炊き加減と言い、甘み旨みと申し分ありません。一気にたいらげ「ご馳走さまです。」「有難うございます。850円ですね。」と1000円札を出せば、ガチャンガチャンと音を立てて小銭を出して「150円のお返しね。」この機械も懐かしいですね。本日は良いお店に出会えました。ご馳走さまでした。